数十シナリオの事前準備が危機を「選択」に変える――W杯広報指令室が教える報道獲得の実務
3 Conditions for Global Crisis Management Learned from FIFA World Cup PR Scenes
ポイント
- 米PRメディアがFIFAワールドカップ広報コラムを掲載した
- Kenda Globalのラドワン氏は2018年、2022年大会を経験
- 現場から学んだ世界規模の危機対応の3条件を解説する
米国のPR・コミュニケーション専門メディア「PR Daily」は、2026年6月1日公開の記事で、FIFAワールドカップの現場経験をもとに広報実務の本質を論じたコラムを掲載したと報じた。執筆者は、広報コンサルティング会社「Kenda Global Communications」の創業者兼主席コンサルタントのダニエル・ラドワン(Daniel Radwan)氏だ。
ラドワン氏は2018年のFIFAワールドカップ・ロシア大会において、大手スポーツ・エンターテインメント系放送局の仕事としてプレスパスを持ち現地入りしたという。担当業務は表向き「メディアとの関係構築、コンテンツ収集」だったが、実際には世界規模の広報現場が何を求めるかを肌感覚で学ぶ場になったと振り返っている。膨大な数の国際メディアが集まる中で、報道の流れがいかに速く形成・拡散するか、一つのミスがいかに数日間の報道を規定してしまうかを目の当たりにしたと同氏は述べている。
空港の広報指令室で見た「全方位対応」の実態
2022年のFIFAワールドカップ・カタール大会では、ラドワン氏はドーハの空港にある広報指令室(コミュニケーション・コマンドルーム)に常駐し、リアルタイムのメディア対応と危機対応を担ったという。世界各国から数百万人規模のファンが到着する中、空港側の仕事はサッカーの試合そのものとは無関係な領域にまで及んだとしている。
具体的には、「入国後の行列の長さはどうか」「案内サインは分かりやすいか」「フライトが遅延して4万人が同日夜の試合チケットを持っていたらどう発信するか」「誰が、何を、どれだけ早く発表するか」という問題への対応だったという。試合会場だけがメディア接触の場ではなく、空港・交通・宿泊・ホスピタリティのすべてが潜在的なニュースの発生源になると同氏は指摘している。
そのうえでラドワン氏が実践したのは「事前の準備」だ。試合開幕の10日前、まだ大会の混乱が始まる前に、同氏は新設された主要ターミナルの増設部分を国際メディアに公開したという。空港の「準備完了」という物語を、大会そのものが語り始める前に先手を打って発信したのだ。この事前の積極的な情報発信こそが、報道の方向性を自分たちの手でコントロールする鍵だったと述べている。
「速く出す」より「正確に出す」が原則
大規模・高注目のイベントでは、何か問題が起きたときに即座に発信したいという衝動に駆られる。SNSがあらゆる出来事をリアルタイムで増幅し、記者たちがスタンド、到着ホール、チームホテルから次々と記事を配信している環境では、その誘惑はとりわけ強くなるという。
しかしラドワン氏は「速さではなく、正確さが最重要だ」と断言している。「今すぐ対応が必要な問題」と「慎重に管理すべき問題」を明確に区別する規律こそ、ワールドカップの現場で身につけた最大の教訓だったとしている。少数の旅行者に影響を与えた些細な混乱と、ある国全体のホスピタリティのイメージを左右しかねない出来事を、同じように扱ってはいけないという。
準備段階での危機対応文書(クライシス・レスポンス・ドキュメント)を数十の想定シナリオ分、あらかじめ作成していたことが、実際の局面での判断の質を大きく高めたとラドワン氏は明かしている。パニックの中でゼロから文章を書くのではなく、冷静な状態で練り上げたフレームワークの中から選択する形にしていたためだという。
異文化対応は「翻訳」ではなく「理解」
2022年大会の前、ラドワン氏は大会の実施を担う公式組織と仕事をともにし、カタールに暮らす多様なコミュニティ——南アジア、アフリカ、アラブ世界などから集まった数十万人——の生活実態を記録する作業に携わったという。多くの国際メディアがカタールについて「すでに分かったつもり」で報道する中、実態を伝える広報活動を担った。
この経験から得た教訓は、多文化・多言語環境における広報は「翻訳作業」ではないということだという。何が響くか、何が不快感を与えるか、何が伝わらないか、読者によって何が全く異なる意味に受け取られるか——そうした深い理解が求められると同氏は述べている。ヨーロッパのスポーツ記者向けに完璧に機能する英語のメッセージが、湾岸地域のアラビア語話者や中東を初めて訪れる南米のファンには全く違う意味で届くことがある、というのが実例だ。
2026年のワールドカップは米国、カナダ、メキシコの3カ国で共催される。3カ国、数十の開催都市、世界各地から集まるファン——この規模に対応するには、文化的知性(カルチャラル・インテリジェンス)を当初から戦略に組み込む必要があると、ラドワン氏は広報チームへの提言として述べている。
さらに同氏は、大規模イベントにおける広報の成否は「大会の1カ月前」ではなく「1年前」に決まると強調している。危機対応文書の整備、スポークスパーソンの準備、メディアリストの構築、シナリオプランニング、法務・経営幹部との社内調整——これらすべてが、最初の取材が入る前に整っている必要があるという。大会が始まった瞬間に、チームは「実行モード」に切り替わるからだ。
情報ソース一覧
- FIFAワールドカップが私に教えてくれたコミュニケーションの教訓、全世界が注目するとき - PR Daily What the FIFA World Cup taught me about communications when the whole world is watching - PR Daily www.prdaily.com
- ワールドカップ2018から学ぶイベントマネージャーのための10の教訓 - Rapiergroup 10 lessons from the World Cup 2018 for event managers - Rapiergroup blog.rapiergroup.com/10-event-lessons-from-the-world-cup-2018
- ワールドカップ2018から学ぶブランディングと広告の教訓 - Brand360 Branding & Advertising Lessons from the World Cup 2018 - Brand360 www.brand360.com.my
- ワールドカップと異文化コミュニケーション The World Cup and Cross Cultural Communication www.uglobaleyes.com
- FIFAワールドカップ2018から学ぶ経営の教訓 - Lagos Business School Management Lessons from the FIFA World Cup 2018 - Lagos Business School live1.lbs.net.ng/lbsinsight/management-lessons-from-the-fifa-world-cup-2018/
- 2018年ワールドカップ決勝から学ぶ4つの専門的教訓 - The Potentiality Four Professional Lessons From the 2018 World Cup Final - The Potentiality thepotentiality.com/four-professional-lessons-from-the-2018-world-cup-final/
- ワールドカップ – グラフィカルに表示 The World Cup – Graphically Displayed com.miami.edu/2018/07/16/the-world-cup-graphically-displayed/
- FIFAワールドカップ2018:リーダーシップの教訓 FIFA World Cup 2018: Lessons on leadership www.peoplematters.in